ラヴズオンリーユー

 桜花賞馬不在のオークスで、この馬が人気になりそうだ。3連勝で忘れな草賞を制したラヴズオンリーユー。

 母Loves only meの「私」を「あなた」に代えて命名されているが、省略されている主語には何が入るだろうか。三単現sが付いており、私やあなたではない。9927口のDMMバヌーシー所属クラブ馬なので、もっともフィットするのはこれだ。God loves only you――神はなんじらのみを愛したもう、と思わず文語調で訳してしまったが、この馬の活躍に沸く「馬主」は過去最大級に多い。なお英国ロックバンドのスカンクアナンシーに「God loves only you」という曲がある。

 

レッドオルガ

 ヴィクトリアMに出走するレッドオルガ(牝5=藤原英)は、産駒のJRA重賞11勝というスーパー繁殖牝馬エリモピクシーの娘。ただ、ピクシー産駒はG1勝ちに届いていない。孝行娘が一族の悲願を達成するか。

 Olgaはスラブ系の女性名で、古い北欧の女性名Helgaから派生。ヘルガは「聖なる」の意味で、印欧祖語の「欠けたところのない、無きずの、一体となった、良き兆しの」を意味する単語にさかのぼれ、その単語が古ノルド語で「聖なる」のHelgeと、「元気がいい」のHeillに分岐。後者は英語のhealth(健康)と同語源だ。オルガはHolyでWholeでHealthy(全部同語源)な名前なのだ。

 

グルーヴィット

 NHKマイルCのグルーヴィット(牡3=松永幹)にダミアン・レーンが騎乗。Laneは「小道、通路、車線」、Groove itのGrooveは「溝、水路」なので、そこにグルーヴィ(Groovy、ノリがいい)な相似性を感じることができるだろう。通路で相通ず、みたいな。

 「溝」が「ノリがいい」になったのはジャズ経由で1930年代のこと。アメリカのジャズマンがビートに乗った演奏のことをin the groove(たぶん「ハマった」みたいな表現だと思う)と言ったことから。それが動詞にも転用されて「楽しむ、愉快にやる、うまが合う」となった。Groove itは一緒にノリ良く楽しくやろうぜ、的な表現。

 

フローレ、ワイクク

 新顔が好まれるのは洋の東西を問わない。香港クイーンエリザベス2世Cでは香港ダービー1、2着馬が現地で評判。1着馬はフローレ。Furoreは英語にもイタリア語にもあるが「熱狂的な称賛」のこと。香港名「添滿意」。「満足する」ぐらいの意味か。近くもないが、遠すぎもしない微妙さ。2着馬はワイクク。Waikukuはニュージーランドの地名。ハワイのワイキキとの音韻的近似で推察するとポリネシア系の語源。ワイはポリネシア系諸語で「水」、ククは二枚貝の一種のことかと思われる。香港名の「夏威夷」はワイキキならぬハワイのこと。アパパネの香港名が「夏威夷鳥」だが関係はない。

 

クラサーヴィツァ

 フローラS登録のクラサーヴィツァ(牝3=武井)は、日経新春杯Vグローリーヴェイズによって脚光を浴びるメジロラモーヌ牝系。この馬の祖母であるラモーヌはフローラS前身の4歳牝馬特別を勝っている。

 この馬名はКрасавицаとキリル文字でつづるロシア語。「美人、美女」の意味。形容詞「美しい」はкрасивыйで、「赤い」を意味するкрасныйとよく似ている。それはロシアが共産主義に傾倒したため…では全くなく、スラヴ祖語の「美しい」であるкрас―の語源が、印欧祖語で「火、燃える、火明かり」を意味する*kerゆえ、時が下って「赤」と「美しい」の両義となったらしい。

 

サートゥルナーリア

 ホープフルS勝ちサートゥルナーリア(牡3=角居)が年明け初戦で皐月賞に出走。

 ローマ神話。サートゥルヌスはユピテルに王位を追われてイタリアに逃れ、その地の王となり「黄金時代」の世を治めた。人々は慈悲あふれる統治をたたえ、毎年12月17日からサートゥルヌスを祝す祭り「サートゥルナーリア」を催した。公事は休み、宣戦布告や刑罰執行も延期、贈り物を交わし合い、主人と下僕は地位を交換して数日間陽気に騒いだ。

 サートゥルヌスはゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」のせいか印象いまいちだが、実は農耕と文明の神で太古の賢王でもある。兄エピファネイア(1月6日の公現祭)と祭りつながり。

 

アクアミラビリス

 エルフィンSを上がり3F33秒3の強烈な末脚で勝ったアクアミラビリス(牝3=吉村)は、桜花賞で驚異の末脚を再現できるか。

 この馬名はラテン語。Aquaは「水」、Milabilisは「驚異の、奇跡の」。中世ヨーロッパの修道院は医療院としての一面があり、消毒や清浄用に使われた香料付きの水をアクアミラビリスと呼んだ。18世紀に調香師のヨハン・マリア・ファリナがケルンで製造した「香り付きの水」が大変な評判となり、欧州のほとんどの王族が使うに至った。小瓶一つが公務員の俸禄半年分で取り引きされ、「ケルンの水」(Eau de Cologne=オーデコロン)はお値段的に「驚異の水」となったとか。