アグネスデジタル 2001年天皇賞(秋)ウイーク

※馬名コラムは休止。他のことで時々更新します。

ウマ娘~プリティーダービー」の大流行によって、過去の名馬エピソードがいろいろ出てきていますね。こちらはアグネスデジタルが2001年天皇賞(秋)に出走する前、担当していたいた井上多実男厩務員から聞いた話をまとめたものです。

「行くぞ相棒」アグネスデジタル(井上多実男厩務員)

 この馬は本当に賢い。地方にあちこち行ったけど、環境が変わっても結果を出してくれてる。動じることがないんだ。カイバ食いが減ったことないもの。
 走る馬ってのはどこか違う。この馬はメンタル面の強さ。普段にしても、これぐらい無駄なことをしない馬はいないよ。言うことをよく聞いてくれるんだ。だからレースでも、ジョッキーの意のままに動けるんじゃないかな。前走は深い砂の盛岡(編注・南部杯1着)だったから先行策になったけど、行かせりゃ行ける。控えようと思えば控えられる。だから距離は気にしてない。掛かるところはないからね。
 自分のやってる馬が天皇賞に出るのは初めて。一生に一度は…って思ってたから嬉しいよ。無事にレースに持っていくのが自分の仕事。追い切り後もいい感じであとは府中に着くだけ。
 ほら、帰ろうとするのが分かると、いつも鳴いてニンジンをねだるんだ。賢いけど、子ども子どもして甘えたところもあるんだよ。(談)

レインフロムヘヴン

 今回はシェークスピアハムレットから引くなら、スプリングSにおいて、レインフロムヘヴン(牡3=堀)を買うか、買わないか、それが問題だ。

 この馬名はシェークスピアの戯曲「ヴェニスの商人」からの引用。母名がレディオブヴェニスなのでその連想だ。戯曲のなかの「人肉抵当裁判」で、法学者が、契約の厳格な履行を求める商人に説く。It(The quality of mercy) droppeth as the gentle rain from heaven~(慈悲とは、天上から優しく降りおりる慈雨)――馬券が当たらず干天のみなさん、天上の慈雨から名づけられたレインフロムヘヴンが、癒やしてくれますよ。

 

リリーバレロ

 中山牝馬Sに登録しているリリーバレロ(牝6=堀)は11戦目でラストラン。大団円Vを狙う。祖母が桜花賞キョウエイマーチで、この牝系の馬は行進(マーチ)から連想される名前が多い。兄グレナディアーズは「英国擲弾兵連隊行進曲」、妹マルシュロレーヌは「ロレーヌ行進曲」で本馬Lilliburleroは17世紀、イングランド名誉革命の際に人気を博したクイックステップの行進曲。歌詞がついており、レーロ・レーロ・リリーバレロ/リリーバレロ・ブレナラと繰り返すが、このリフレインはアイルランド語由来のフレーズが誤って伝わったものらしい。意味は諸説あるが、「ユリの花は鮮やか、われらの日が来た」。

 

シャドウエリス

 06年夏、ショッキングな見出しが新聞に躍った。「冥王星 惑星から除外」。契機は冥王星と同じぐらいの大きさがある太陽系外縁天体の発見。その天体を惑星とするか否か天文界で論争が起こった。結果、冥王星もその天体も惑星でなく「準惑星」とされた。論争の元になったため、その準惑星ギリシャ神話における争いの女神「エリス」の名が付けられた。エリスは軍神アレスと双子で、執念深く恨みを忘れず争いを愛する物騒な女神。チューリップ賞のシャドウエリス(牝3=友道)はこの準惑星かつ女神の名が由来。競馬では穴馬を「惑星」とも言うが、今回のシャドウエリス、そこそこ人気で押さえ必須の「準惑星馬」では。

 

追悼シーザリオ 2005年5月22日オークス

角居厩舎が最終出走となるその日に、シーザリオ急死の一報。とても印象的な馬。オークスを勝った時の記事をサルベージした。福永自身も認めていますが、うまく乗れなかったけど馬が強くて勝った。駆け引きや戦術を力で叩き潰した強さ。昨今は繁殖牝馬としての優秀さが強調されることが多いのですが、競走馬としても一級品でした。

 

 騎手の駆け引き、秘術を尽くし合った一戦。そんなオークスだ。逃げて超スローに落とし一発を狙った武幸四郎エイシンテンダー。道中引っ掛かるのを懸命になだめて末脚を引き出したデザーモディアデラノビア。さらに人馬の英知と力を出し切ったのが武豊エアメサイア、そして福永シーザリオだった。
 福永は「逃げてもいいと思っていた」というが、一完歩目で右隣の武豊エアメサイアに遅れを取る。その瞬間だ。豊はシーザリオの機先を制してフタ。外の先行馬を行かせて自らは好位置をキープし、シーザリオを後方に追いやることに成功した。福永がこう述懐する。
 「失敗した。こうなったらイヤだという危惧していた形。ユタカさんにやられた」
 手の内を知り尽くしている者同士。最初の立ち合いはユタカが制した。しかし、ここからが福永の腹の据わったところ。
 「焦っても仕方ない。スローだし、他と接触しないよう折り合いに専念しました。もう直線勝負しかない、と…」
 進路を確保するまで、我慢に我慢を重ねての末脚勝負。上がり3F33秒3!追い出しのタイミングはここしかない刹那。それを逃さなかった。
 「追い出してからブレーキをかけることがないよう、道中辛抱してくれと言い聞かせた。届いたけど、馬には必要以上に厳しいレースをさせてしまいましたね。決していい仕事とは言えない。僕が思っていた以上に強かった。頭が下がります」
 福永から出るのは反省の弁ばかり。しかし、見せ場だけではなく、勝利を求めた結果が道中の我慢につながった。大本命馬(単勝1.5倍)でギリギリ我慢できることが超一流の証し。
 敗れた武豊が「あの競馬ができて差されるとは…」と絶句する。勝っていればおそらく会心の騎乗。第一人者の想像を超えるシーザリオの強さ、底力を引き出したのは、福永祐一の技術とハートにほかならない。

ベストアクター

 昨年の阪急杯、脇に置かれた配役(6番人気)ながら、鮮やかな末脚で主役に躍り出たベストアクター(セン7=鹿戸)が1年ぶりの再演。臨戦過程から今年も本番前の主役は他に譲りそうだが、フィニッシュラインのスポットライトは譲らない。「最高の俳優」という馬名は母ベストロケーション、祖母ダイナアクトレスからの連想。ロケーションには「野外撮影、撮影場所」の意味があり、父ディープインパクトは映画の題名でもある。阪神競馬場の最寄り駅である仁川駅阪急今津線で、この路線を舞台にした有川浩原作の映画が「阪急電車 片道15分の奇跡」。1年ぶり、1分20秒の奇跡の主役となる。

 

インティ、ヘリオス

 フェブラリーの語源はフェブルウス――ローマ神話の、オオカミから家畜を守る牧神ルペルクスの別名の一つ。ローマでは2月半ば、この神のもと清めと償いの祭りが催された。祭りの縁起は戦死者の慰霊で、その性格からフェブルウスは冥府の神プルートと同一視されていくが、その名を冠したレース(フェブラリーS)を席巻するのは冥界神ならぬ太陽神だ。インティはインカ帝国の太陽神であり、ケチュア語で太陽も意味する。一昨年、7連勝で冥界を照らした。3度目出走の今年、再現を狙う。一方、ヘリオスギリシャ神話の太陽神。こちらもギリシャ語の太陽そのものを示す。初G1で頂点に至るか。