エタリオウ

 伝統の菊花賞というなら、古風な和語の馬名が重みを増すはず。そこでエタリオウ(牡3=友道)だ。
 「得たりおう」とは、「得」の連用形+助動詞たり(動作がなされてその結果が今もある)+感動詞おう=「唯」の語尾が延びたもの。思い通りになった時や快く承知する時に勇み立っていう。訳としては「うまくいった、しめた、待ってました」あたり。現代日本語だといまひとつぴたっと来る訳語がない。ただ、この古風な和語を直接英訳すると、まさに「得たりおう」な訳がある。I've got it,oh (my god).だ。アイヴガリッオー、ネイティブっぽく発音するとエタリオウっぽく聞こえ…ないか?

ラテュロス

 秋華賞で咲き誇るか。ローズS3着のラテュロス(牝3=高野)が出走。
 この馬名はギリシャ語。ΛΑΘΥΡΟΣは現代ギリシャ語では「スイートピー」のこと。花はかれんでSweet pea(甘いエンドウ)とは言うものの、実は有毒植物。ラテュロスは同じつづりで古代ギリシャ時代からある単語で、当時はガラスマメを意味した。もともとの意味は「脈動、振動、刺激」。ガラスマメは食用植物だが、こちらもスイートピーと同属だけあって、食べ過ぎると種子の神経毒で下半身がまひするLathyrism(ラチリズム)という中毒症になるので注意が必要。チラチラと怖さをかいま見せるラテュロスに要注目だ。

短途馬錦標の香港名

アドマイヤゴッド 敬神
アレスバローズ     神將巴魯
ブラヴィッシモ     馬中之龍
キャンベルジュニア 唱作人
ダイメイプリンセス 大名妃子
ファインニードル 鐵杵成針
グレイトチャーター 大憲章
ヒルノデイバロー 蹄快來
カイザーメランジェ 合成國王
キングハート     王心浩瀚
レッツゴードンキ 唐吉快跑
ラブカンプー     愛情之戰
ラッキーバブルズ 幸運如意
ムーンクエイク     威震月宮
ナックビーナス     純美化身
ワンスインナムーン 每月一回
レッドファルクス 彎刀赤駿
ラインスピリット 萊茵情懷
セイウンコウセイ 特色星雲
スノードラゴン     瑞草祥龍
タマモブリリアン 玉藻明亮
ティーハーフ     丁字湖
 短途馬錦標(スプリンターズS)では、香港ジョッキークラブが出走馬に「香港名」をつけている。相変わらずの名訳、迷訳が並ぶので確認しておこう。愛情之戰(ラブカンプー)。そのまま(Kampfはドイツ語で「戦い」)なのにがぜん昼ドラのあおりっぽくなった。純美化身(ナックビーナス)は化粧品のキャッチコピーっぽい。每月一回(ワンスインナムーン)には「何が?」と突っ込まざるをえない。瑞草祥龍(スノードラゴン)は、ユリ科の植物名(草)だと明示しつつ瑞・祥・龍と縁起もいい馬名。香港馬の幸運如意(ラッキーバブルズ)の泡(バブル)はどこに行ったのか…。「グッドラック」ぐらいの意味。

ワグネリアン

 ダービー馬の秋始動戦といえばここが定番。ワグネリアン神戸新聞杯に出走する。
 WagnerianはWagner+―ianで接尾辞―ianは「出身、関連、所属」などを付加する。Wagnerはドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーのことで、つまりワグネリアンとは「ワーグナー好き、崇拝者、信奉者」となる。母がミスアンコールで音楽関連の命名。―ianは生成力の高い接尾辞なので、音楽家に限らず著名な政治家、文学者、映画監督に―ianをつければフォロワーが生まれる。イタリアの思想家マキアヴェリの信奉者はマキアヴェリアン。著名な種牡馬の名だ。ワグネリアンの信奉者はワグネリアニアン?

サトノワルキューレ

 フローラSを勝った時の末脚が鮮烈。サトノワルキューレがローズSでまた大輪を咲かすか。
 Warkureはドイツ語で、北欧神話の戦(いくさ)乙女のこと。14世紀以前にスカンディナヴィアで使われた古ノルド語Valkyrjaが語源。英語ではValkyrie(ヴァルキリー)。日本でワルキューレというドイツ語が、北欧オリジナルや英語と同じかそれ以上に行き渡っている理由は、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」第1日3幕の序奏「ワルキューレの騎行」のためだろう。映画「地獄の黙示録」のあれだ。古ノルド語valrが「(戦場で)たおれた者」、kyrjaが「選ぶ者」。戦乙女は英雄の魂を主神の宮殿に導く役割を担う。

メサルティム

 紫苑Sにメサルティム(牝3=荒川)が出走。この馬名は母ピンクアリエスからの連想だ。Ariesは「おひつじ座」。生まれは母が3月22日、娘は3月24日。いずれも「おひつじ座」となるが、Mesarthimはおひつじ座γ星の固有名。星図「ウラノメトリア」を記したヨハン・バイエルはメサルティムをヘブライ語Mesharetim(「役人」とか「公僕」の意味らしい)に由来するとしたが、のちの天文学者ルートヴィヒ・イデラーが「バイエル間違ってる」と指摘。本来は、おひつじ座β星とγ星の二つが、アラビア語でアルシャラタン(兆し)とされ、これが語源らしい。新年(というか春分)の訪れを示す星ゆえ。

カシノティーダ

 小倉2歳Sは夏競馬の締めくくりだが、晩夏の折りになお暑さは緩まない。猛暑日が日常的だった今夏を象徴する馬名がカシノティーダ(牝2=田所)だ。
 ティーダは沖縄や奄美の言葉で「太陽」。未勝利の身でひまわり賞(ひまわり=sunflower=太陽の花)を勝ち、夏4戦目で連闘になるというのに元気いっぱい。今夏働きすぎの太陽のようだ。
 ティーダの語源は諸説あるが「天道」を推したい。「おてんとさま(御天道様)は見ている」という格言は老子の「天道無親、常與善人」から来ていると思う。天道は親なく(親しい疎ましいがなく)常に善人にくみす(味方する)。善人にはティーダで馬券が当たるのだ。