カントル

 全兄弟が2年連続で弥生賞に出走するのはなかなかの難事。ワグネリアンは昨年2着。アンコールで出てきた全弟カントル(牡3=藤原英)はさて何着?

 母ミスアンコールが音楽を連想させることから、兄は「ワーグナー信奉者」、弟(Cantor)はシンプルにラテン語で「歌手」と命名された。ローマの詩人ホラティウスが「風刺詩」で、歌手についてこう刺している。あらゆる歌手には欠点がある。友に囲まれれば頼まれても歌わず、頼まれもしないのに歌いやまない、と。買えば来ず、買わねば来る…とベクトルは似る。カントルは2→1→3→1着と1走おき白星で今回は――。気まぐれな歌手とはうまく付き合いたい。

 

エントシャイデン

 インティが7連勝で一気にダート界の頂点に上り詰めた。短距離界にも新星が現れるか。阪急杯に条件級3連勝のエントシャイデン(牡4=矢作)が登場する。

 この馬名はドイツ語。Entscheidenは「決める、決断する」。語源的にはentが「~から」、scheidenは「切る」由来の「別れる」なので、成り立ちが英語のdecide(~から、離れる+切る)と相似。そもそも「決」という漢字も「水が堤防を抉(えぐ)って切り口が生じる」という意味の会意兼形声文字なので、古今東西を問うことなく「決める」は「切る」の延長だ。一気の相手強化だが、切るか、買うか。エントシャイデンへの決断が馬券的中の成否を分けそうだ。

 

オメガパフューム

 いささかフェミニンな名前かと思う。フェブラリーSに臨むオメガパフューム(牡4=安田翔)だ。この馬名を聞くと自ずとテクノ系の3人組ユニットが思い浮かぶ。ポップな名前に加えて、ダート馬としては軽量ボディーの芦毛で、ダンサブルおしゃれ男子と言えよう。

 オメガは冠名。Perfumeは「香水、香り」。母オメガフレグランス(Fragranceは芳香、香料)、その母ビューティーメイクとコスメ系でさかのぼれる。昨年のフェブラリーS勝ち馬ノンコノユメもフェミニン系の馬名で軽量の脱マッスル系だから、共通点は多い。現セン馬のノンコノユメは4歳牡馬時にフェブラリーS2着だったが、さて。

 

クロノジェネシス

 旧約聖書「創世記」2章4節。日本聖書協会訳では「これが天地創造の由来である」。別訳でいわく「主なる神が最初に天と地を創造された時の模様は、この通りである」。天地創造と原初の人類(アダムとイブ、ノアの箱舟バベルの塔)、イスラエルの太祖、ヨセフの物語が描かれる創世記は、ギリシャ語だと2章4節からΓΕΝΕΣΙΣ(ゲネシス=起源、始まり)と呼ばれる。英語でGenesisだ。

 これがクイーンCに出走するクロノジェネシスの馬名の由来である。なおクロノは母クロノロジスト(年代学者、クロノはギリシャ語「時」)から。馬名のスケールがでかい。名にし負うには重賞Vが必須だ。

 

ヴァンドギャルド

 社台ファーム生産、藤原英厩舎、M・デムーロ騎乗。10年きさらぎ賞勝ち馬ネオヴァンドーム、11年トーセンラーはこの3ブランドがそろっていた。その系譜は今年ヴァンドギャルドが受け継ぐ。

 この馬名はフランス語。Vinは「ワイン」、deは「~の」。gardeは英語のguardにあたり、「見張り、守り、守衛」、また「世話」の意味も派生した。ヴァンドギャルドで「長期にわたって見守られる(ことで熟成される)ワイン」のこと。いかにも古馬になって走りそうな名前ではあるが、父ディープインパクトも母父モティヴェーターも早くから活躍したダービー馬。名前と裏腹に早飲みかも。

 

ダノンスマッシュ

 ロードカナロア種牡馬として短距離カテゴリーにとどまらないが、とはいえ正統なスプリントの継嗣も出てほしい。父と同じ安田隆厩舎のダノンスマッシュ(牡4)がその候補。カナロア本流のスプリンターがシルクロードSを制圧する。

 Smashは「打ち砕く」あるいは「強打、粉砕、楽曲の大ヒット」。18世紀になって表れた比較的新しい単語で、擬音由来説に説得力がある。smack(ピシャリと打つ)、crush(ぺしゃんこにする)、mash(すりつぶす)など擬音的性格を持つ類語から、その発現は必然かもしれない。ダノンスマッシュもバシッと強打でライバルを打ち砕くぞ。

 

インティ

 中天に昇る太陽をさえぎるものがあるだろうか。インティ(牡5=野中)が5連勝から東海Sに臨み、ダートの頂点を目指していく。

 この馬名は南米の土着言語であり、インカ帝国で使われたケチュア語。帝国を興したケチュア族は太陽神信仰を国教として、太陽=太陽神=インティを崇めた。アルゼンチンの国旗の真ん中にあるあれだ。インカの支配者はインティの現人神とされ、クスコでは6月下旬の冬至(南半球のため季節が反対)に、太陽神に収穫を感謝する豊作祭「インティ・ライミ(太陽の祭り)」を催した。なお馬のインティとインティライミ(05年京都新聞杯など重賞3勝)に血統的なつながりはない。