ワイドファラオ

 3日前にカフェファラオがユニコーンSを圧勝したばかり。返す刀で帝王賞にワイドファラオ(牡4=角居)が出走する。時代はエジプトだ。

 ファラオは馬名界では頻出の要素。古くはキングファラオが94年灘Sでビューティーメイク(オメガパフュームの祖母)を破り、メジロファラオが99年中山グランドジャンプを制した。なお前述の各ファラオに血統的なつながりはない。Pharaohは古代エジプトの王のこと。字義的には「大きな家」。ワイドは幅田昌伸オーナーの名字から取った冠名(幅→ワイド)で、ワイドファラオはつまり「幅広く大きな家」。帝王の居城にふさわしいではないか。

 

カフェファラオ

 馬名界には馬名登録間違い名馬の系譜がある。エクリプスの子Pot-8-Os(本来はPotatos)、2冠馬スウヰイスー(本当はスウヰトスーにしたかった)、BCスプリント覇者スクワートルスクワートは語尾にもう一つ「ル」が付くはずだった。そして米3冠馬アメリカンファラオはPharaohとつづるべきところoとaが互い違いでPharoahとしてしまい、ファラオかフェローか問題になった。その産駒でユニコーンSに出走のカフェファラオ(牡3=堀)は、つづりがおそらくわざと父と同じPharoahで、しかしファラオと読む。「古代エジプトの王」であるより、米3冠馬の名を受け継ぐことを優先したと言えよう。

 

アンドラステ

 6戦4勝。底を見せていないアンドラステ(牝4=中内田)がエプソムCで重賞初挑戦。

 Andrasteは古代ローマ時代、現在の英国東部に住んだケルト人部族イケニ族の戦争の女神。西暦60年、イケニ族がローマ帝国に反乱を起こす際に、王族の女性ブーディカが反乱軍の首領として軍勢の前で演説する。その様子をローマの歴史家カッシウス・ディオが「ローマ史」に活写している。「ローマ人が犬やオオカミを支配しようとしているウサギやキツネであることを示そう。感謝します、女神アンドラステよ」。勇ましい場面で祈られる女神だが、ケルト側の記録は残っていない。征服者(反乱はのち鎮圧)であるローマから語られるのみ。それでもアンドラステの名は「不滅」「難攻不落」を意味したのであった。

 

安田出走馬の香港名

 昨年、今年と香港馬は不在だが、安田記念は日本競馬と香港競馬の架け橋。香港でも注目の一戦で<東洋馬后「杏目」將是日本史上首匹八勝一級賽>(東洋の女王アーモンドアイが史上初の芝G1・8勝馬になるだろう)と評価が高い。今回はダノン3頭出し。冠名は「野田」とオーナーの名字が充てられ、スマッシュ・プレミアム・キングリーが「重擊・優驥・賢君」。何となく「しげき、ゆうき、さときみ?」な野田3兄弟感が出ている。「樸素無華」(質素で華がない)はノームコア。「筋金入りの標準」なので間違ってはいない。無観客だがモニターの前で「放聲歡呼」(歓声を上げよう)。これはグランアレグリア

 

サリオス

 皐月賞2着のサリオス(牡3=堀)はダービーで逆転なるか。大勝負。

 Saliosは古代ローマ時代のマルス(いくさの神)に仕えた祭司のこと。王政ローマ第2代の王ヌマ・ポンピリウスの時代に、神聖なるマルスの盾が空から降ってきた。この盾は11枚複製され、計12枚の盾を保管する祭司の集団がサリイ(一人の時がサリオス)と呼ばれた。毎年3月(マルスの月)前半にサリイの祭りが催され、サリイはローマの安全を守るため歌って踊った。サリイについては、マルクス・テレンティウス・ウァロの「ラテン語論」に記述があるが、この人、疫学の先駆け。新型ウイルスと戦う今、思いを致したい人物がサリオスから浮かび上がる。

 

デゼル

 デビュー71日、3戦目でのオークス制覇を狙うのがデゼル(牝3=友道)だ。前走スイートピーSは<飛躍>したレース。スローなのに後方から余裕を持って一気に差したのもそうだし、他馬より0秒8以上速い上がり3F32秒5という数字も強烈。<飛躍>とは飛ぶような末脚であると同時に、競馬史のページを進める画期的な内容であったことを示す。Des Ailesはフランス語で「翼」のこと。アヴォワールデゼル(avoir des ailes、翼を持つ=羽が生えたように速く走る)という表現もある。母の馬名アヴニールセルタンの意味は「確かな未来」。デゼルが翼を携えて、約束された未来にいま飛び立つ。

 

サウンドキアラ

 重賞3連勝。破竹の勢いでサウンドキアラ(牝5=安達)がヴィクトリアマイルに臨む。

 サウンドは冠名。サウンドガガ、サウンドリアーナという冠名+歌姫の命名で重賞馬が2頭出ている。キアラ(Chiara)も人名だが、歌姫ではなく聖人。「アッシジのキアラ」としてカトリックで尊崇される。イタリアの守護聖人である聖フランシスコに帰依した女性で、女子修道会「聖クララ会」を創立。イタリア人名キアラは英語ではClare(クララ)となる。聖キアラは「目の守護聖人」のほか、出られなかったミサを離れた部屋で見聞きしたという逸話から「テレビ、電話」も守護する。テレワーク時代にふさわしい旬の聖人。